社会保険労務士が給与支払報告書※1 を作成し提出代行すると、税理士法違反であると言われることがあります。
しかし年末調整(従業員の所得税額を確定させる手続き)を税理士が行ってさえすれば、税理士以外の者がその計算結果を給与支払報告書に転記し、市区町村に提出代行すること自体は、ただちに税理士法第2条には抵触しません。※2
一方で、法定調書の税務署への提出は税理士の独占業務です。通常、源泉徴収票と給与支払報告書は同時に作成しますから、給与計算を受託している社会保険労務士は、作成業務自体は税理士の責任下で処理することが無難に思います。(年末調整によって各従業員の所得税額を確定させる手続きを税理士の責任で行うという意味で、実作業すら行ってはいけないということでありません。)
この業界事情、お客様からすると全く意味がわかりませんよね。IT技術の進展によりさまざまな業務が自動化されている現在において税理士・社労士相互に連携して、お客様に対して価値あるサービスを提供していかないと双方の業界自体が社会から受け入れられなくなる恐れがあると考えます。士業団体においても、お客様の目線に立って相互に連携する現場をサポートするような存在であってほしいものです。
〇給与支払報告書の作成・提出代理が、年末調整に関する事務に含まれるか、具体的には税理士法第2条1項1号・2号の税務代理・税務書類の作成に該当するか否かについて
税理士法第2条第1項1号において、税務官公署に対する租税に関する法令の規定に基づく申告等aにつき代理し、又は代行すること。
税理士法第2条第1項2号において、税務官公署に対する申告等に係る申告書、申請書、請求書、不服申立書と、租税に関する法令bの規定に基づき作成し、かつ、税務官公署cに提出する書類で申告書等dを作成するeことが規定され、税理士の独占業務とされています。
ここで、申告書等dとは、届出書、報告書、申出書、申立書、計算書、明細書その他これらに準ずる書類(税理士法施行規則第1条)をいい、作成するeとは、申告書等を自己の判断に基づいて作成することをいい、単なる代書は含まれないこととされています(基通2-5)。
まず、税理士法第2条1項2号について検討します。
・給与支払報告の根拠となる地方税法は、租税に関する法令bです。
・給与支払報告書の提出先は各市町村の税務課であり、提出先が税務官公署cに該当します。
・給与支払報告書は申告書等dに該当します。
・年末調整の結果を給与支払報告に転記することは、単なる代書であり、作成するeには該当しません。
給与支払報告書は税務書類に該当するものの、「給与支払報告書の作成」は、「税務書類の作成」に該当しないこととなります。したがって、税理士でない者が、給与支払報告書を作成したということをもって、ただちに税理士法第2条1項2号に抵触しません。
次に税理士法第2条1項1号について検討します。
・給与支払報告自体は、給与の支払報告であって、税額を申告する書類ではない※3ため、給与支払報告書の提出は申告等aにはあたりません。
したがって、税理士でない者が、給与支払報告の提出代行を行ったとしても税理士法第2条1項1号に抵触しません。
税理士法の趣旨からも、所得税額を確定させる事務が税理士の独占業務であり、かつその計算結果については、税理士が責任負うべきところであり、単にそれを転記する行為にまで税理士法は及ばないと解釈されます。(士業に関する法律は、給与支払報告のような、独占業務に付随する業務から他の者を排除するために存在するわけではありません。)
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さて、独占業務は、確かな知識を持たない者が安易に事務を処理することにより誤った処理を行ってしまうことを防ぐため各士業に関する法律により定められており、また、それが社会正義の実現、国民経済の健全な発展、納税義務の適正な実現、労働者等の福祉の向上等に寄与することから、国家資格者に与えられた特権ともいえるでしょう。
この特権、各士業団体は拡大解釈する傾向にありますが、法律制定の趣旨から、国民・社会のためになる範囲で限定的に解釈されるべき※4です。
独占業務が業界を守るためではなく、国民、社会のために存在するということを改めて認識する必要があるように思います。
※1 給与支払報告書は、1月1日現在において給与等の支払をする者で所得税の源泉徴収義務を有する者が、各市町村の税務担当課に提出する報告書です(地方税法第317条の6第1項)
※2 給与支払報告を全国社会保険労務士会連合会及び日本税理士会連合会での合意による「年末調整に関する事務」に該当させるかどうかは業界団体間での解釈であり、現在も士業団体間での見解が分かれているように思います。社会保険労務士は、税理士法第2条第1項およびその解釈について平成14年に全国社会保険労務士会連合会及び日本税理士会連合会で合意した確認書によって、年末調整に関する事務を有償でも無償でも行ってはならない(税理士法第52条(税理士業務の制限)に違反する)とされていますが、私は判例の存在を認識していません(まだ訴訟になってないのではないでしょうか)。
※3 住民税は、賦課課税方式であり、税額の決定自体は市区町村で行います。
※4 弁護士法72条(非弁行為について)~事件性について
訴訟事件その他具体的例示に準ずる程度に法律上の権利義務に関して争いがあり、あるいは疑義を有するものであること、いいかえれば事件というのがふさわしい程度に争いが成熟したもの(札幌地裁昭和45.4.24)。現代の法律分野の拡大によって、あらゆる事項は何らかの法律に関わっているといっても過言ではなく、権利義務関係の対立のある案件をすべて法律事件に該当させるとすると、処罰の範囲が著しく拡大してしまい不当であると考えられるからです。
独占業務は他の者にとっては、営業活動の自由に対する公共の福祉による合理的な制約であるから、公共の福祉に照らして問題がある行為について、合理的範囲で処罰できうるよう規定があり、その趣旨にそって運用されるべきものと考えます。したがって、公共の福祉に照らして問題が無い行為まで積極に規制する趣旨のものではないと考えます。
(参照)
・非税理士により行うことが禁止される税理士業務(国税庁HP)
・年末調整にかかる計算事務に関する考え方について(全国社会保険労務士連合会 平成28年10月11日)
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税理士業務と無償独占性について
弁護士法3条2項において弁護士は当然に税理士の事務を行うことができるとされています。ただし、業務を行う場合には、税理士法51条における通知もしくは、税理士登録が必要となります。
公認会計士・税理士の行う社会保険事務と社労士会・税理士会の合意
税理士は、税理士法 第二条第一項に規定する業務に付随して行う場合には社会保険労務士法第2条に掲げる事務を業として行うことが可能とされています(社会保険労務士法施行令第二条)。しかし、全国社会保険労務士会連合会及び日本税理士会連合会の合意により、この付随業務は、法令解釈として「租税債務の確定に必要な事務」の範囲内に限ると狭められることとなりました。これにより税理士は租税債務の確定に付随しない限り労務官公署に対する書類の作成や提出代行をできないということとなります(こちらについても私は判例の存在を認識していません)。
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・地方税法抜粋